【特集2】マスクを求めて、聖地へimage_maidoya3
こうしてスタートした「まいどノマスク」製造計画――。あとはこのデザインを上手く実現してくれる工場を探して作ってもらえばいいわけだが、そういえばマスク工場なんてどこにあるのだろう? 不織布マスクはほとんど海外生産らしいけれど、布マスクの場合は……。と気をもむ編集部に田中氏から電話が入った。「いや、製造してくれる所はもう決まってるんだよ」。なんでもマスク製造のプランが浮上したときから「頼むならここしかない」と決めていたスゴイ技術のメーカーがあるらしい。「じつはすでにデザインにもOKをもらってる。さっそく製造に入ってるらしいから、急いで取材に行って来て!」と、送られてきた住所はなんと岡山県。といっても地理的にはほとんど広島だ。しかも本誌のメーカー訪問記でおなじみの福山や府中の近くではないか。「え、マスクの工場ってこんなところにあるんですか? あそこはワークウェアの会社ばっかりだと思ってましたよ」と思わず漏らすと、たたみかけるように返事が返ってくる。「違う、違う、普通の縫製所だって! ずっと作業服を作ってきた老舗のメーカーが今回、うちのマスクを作ってくれるわけ。いまどき貴重な国内の縫製工場だよ!」。一体どんなふうに話が進んでいたのか? よくわからないまま編集部は岡山県井原市に向かった。

特集2
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ヤマメン自慢の「ジーンズプリント」パンツ
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制服工房のマスク担当者もデザイン性を評価
●井原は「デニムの聖地」
 
  JR岡山駅から、山陽本線・伯備線を経て清音駅へ。ここで第三セクター運営のローカル線、井原線に乗り換えて30分ほどで井原駅に着いた。乗り継ぎはちょっとややこしいけれど、岡山から1時間くらいだから(福山駅から向かう方が近いらしい)、意外と便利な土地である。改札を出るとヤマメン社長の山崎健さんが迎えてくれた。「ようこそ井原市へ。ところで井原デニムって知ってる?」。開口一番、地元愛あふれるご当地トークの始まりだ!
 
  「井原ではもともと綿花栽培が盛んで、戦前から学生服や作業用に使う厚地の藍染綿織物をたくさん作っていたんだ。その中に『裏白』っていう裏面が生成り(白)のヤツがあったんだけど、それがたまたまアメリカで『デニム』と呼ばれているのとほぼ一緒だったわけ。で、戦後に進駐軍が米国文化を持ち込んだのをきっかけとして、ここ井原で『裏白』をベースにした国産デニムの生産が始まった。1970年ごろには国内のジーンズ生産量の75%も作っていて、ものすごく活気があったよ。子供時代、うちの近所なんか機織りや撚糸の工場だらけだったからね~」
 
  デニムやジーンズというと西洋から入ってきたものと思われがちだが、その基本原理である「インディゴ色素による染色」そのものは、古代から世界各地にあった。どんな生地でもよく染まる上、防虫効果もあるため重宝されていたという。日本では、飛鳥時代に中国から入ってきたインディゴ色素を含む植物、タデアイを使った「藍染」が行われるようになり、中世には綿織物の普及とともに発展していった。そして、ここ井原では江戸時代から作ってきた綿織物のバリエーションのひとつに「デニム」とほぼ同じものがあったのだ。つまり、こまかい定義を脇に置けば「デニム」はもともと日本にあったという話になるわけで、なかなか常識を覆すエピソードではないか。
 
  ●ヤマメンの謎!
 
  駅ナカのショップには、井原デニムを使った国産ジーンズやジャケットに加えてバッグ、ポーチといった雑貨も展示販売されている。
 
  「これを買うためにわざわざ飛行機に乗って来てくれる外国人のお客さんもいるんだよ、うれしいねぇ~」。
 
  「本当にスゴイっす。ジーンズといえば児島とばかり思ってましたけど、デニムは井原なんですね!」
 
  「わかった? 井原は『デニムの聖地』だってこと!」
 
  こう言い切って満足げに歩き出す山崎さんを追う編集部だったが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。この井原デニムとマスクに一体なんの関係があるのだろう?
 
  「フフッ、まあコレ見てよ、コレうちで作ってる商品だから」と、山崎さんが指さすのは、ジーンズのホットパンツ……と思ってよく見たら、「ジーンズに見えるようリベットやポケットなどをプリントした下着」だった。ジョークグッズと思うかもしれないが、プリントは非常にリアル。遠目にはちゃんとジーンズに見える。昔からある作業服の縫製工場だと聞いていたが、こんな遊び心のあるファッションアイテムを作っているとは、ちょっと意外だ。でも、これもマスクと関係ないよね?
 
  続いて「あと、いま売れているのはあっちにあって……」と、踵を返して店の入口の方に向かう山崎さん。案内された先のテーブルには地元メーカーの布マスクが並んでいる。ついに念願のマスクに出会えた。しかし「うちの商品はこれ」と示されたのはデニム生地のマスクである。いくら名産品でも夏にデニムは暑すぎるって……、とガッカリしつつ一応サンプルに触ってみると、なんとこちらも「デニム風プリント」だった。見た目を裏切る薄手生地の夏用マスクである。
 
  デニムプリントのパンツにマスク……! こ、この会社はッ!?
 
  「ウチの技術わかった? じゃあ工場に行こうか……」
 
  ●なんでもプリント
 
  オフィスに入るやいなや、山崎さんは2タイプのプリントTシャツを持ってきた。片方はノベルティなんかでよくあるロゴプリントのもの。もうひとつはサッカーや野球のチームが着ているような、全面にガラやロゴがあるTシャツで、アニメのキャラがデカデカとプリントされたものもある。「どうやって作ってるかわかる?」と山崎さん。大昔にシルクスクリーンをやったこともあるから前者はわかる。だが、後者の全面プリントTシャツは……。よく見るのに製法となると想像もつかない。
 
  「こういうのは『昇華プリント』といって、簡単に言えばプリントした生地をカットしてから縫い合わせてるわけ。これをウチではオーダーメイドのユニフォーム作成サービス『制服工房』として展開してる。お客さんからTシャツやジャージの型紙に合わせたデザインのデータを送ってもらったら、工場で生地に転写してカットしてから縫製するんだけど、この技術ならマンガのキャラだろうと写真だろうと、なんでもできる!」
 
  といって、山崎さんは消防団の法被プリントのTシャツに袖を通した。はだけた胸元に腹をサラシで固めた伝統的なスタイル……に見えるが、もちろんすべてプリントである。なるほど、これなら本物の法被より手軽だし、誰でも抵抗なく着られるわけだ。先ほど見た「ジーンズ風パンツ」や「デニム風マスク」と同じ発想である。
 
  「こういうユニフォームを作りませんか? というのが制服工房の提案なんだ。会社名を入れたブルゾンやポロシャツを細かいサイズごとに揃えるんじゃなくて、全面昇華プリントのシンプルなTシャツを大小で作っておく。あとは直接着てもワイシャツの上から着てもいい。寒い時期にはダウンジャケットの上からでもOK。性別や体形を問わず、袖を通せば統一された制服になるってわけ。便利でしょ?」
 
  使い方としてはフットサルなんかで使う「ビブス」に近いだろう。カジュアルワーキングを取り入れた役所や銀行なんかで、見学や取材が来るような場面のほか、士気を高めたいとき用のアイテムとして導入するといいかもしれない。
 
  もうおわかりだろう。ヤマメンではこの「昇華プリント」でオーダーメイドのマスクを作っているのだ。
 
  ●「まいどノマスク」縫製中!
 
  「まいど屋さんのデザインはやりやすかったですよ。たまに『このままじゃ無理だよ』っていう注文が来たときは、お客さんにこちらで型紙に合わせて修正したデータを提案させていただいています。作業料は、まあサービスですね(笑)」
 
  こう語るのはヤマメン「制服工房」担当の女性スタッフ。以前はオーダーメイドデザインのユニフォームやジャージの仕事が中心だったが、コロナ禍が始まってからはマスクの注文が殺到している。ヤマメンでは自社デザインのマスクとオーダーメイドマスクを合わせて、多い日には約2000枚のマスクを製造しているという。安心感のある3層構造のマスクから接触冷感生地を使ったもの、真夏用のメッシュ素材のマスクまで、デザインだけでなく用途別でもさまざまな需要に応えている。
 
  縫製場は少し印刷所に似ている。専用の機械で生地にデザインを転写すると、カッティングを経て縫製に移る。ミシンの前ではちょうどベテランの縫い子さんがミシンで「まいどノマスク」に紐を取り付けていた。力がかかる部分に縫い目で補強を入れたら完成だ。大量生産される使い捨てマスクも医療や産業には必要だが、一方で、ひとつひとつ丁寧に作られる布マスクもまた「新しい日常」のアイテムとして素敵なものだ、と感じる。
 
  「じつはヤマメンのテーマは『日本で作って日本で売る』なんだ。製造コストを考えたら東南アジアの工場で作ったほうがいいんだろうけど、それじゃあなんだか空しいんだよね……。メーカーが実際にモノを作らず海外工場にオーダーするだけ、というのは何か違う気がする。選択としては正しいかもしれないけれど、ウチはその道を選びたくない。じつは昇華プリントの機械を入れて、オーダーメイドのユニフォームを作っているのも、際限のないコスト競争に巻き込まれずに井原でものづくりを続けていくためのひとつの手段なんだよ。うちは縫製場なんだから、やっぱり自分たちの手で作りたいんだ」
 
  「デニムの聖地」と呼ばれる前から繊維の街、井原に生まれ、井原で育った。そしてこれからも――。ヤマメンが作る昇華プリントのマスクには、そんな山崎さんの想いが込められている。
 
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国内縫製で丁寧に作られる「まいどノマスク」
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昇華プリントでなんでも作れる! と山崎さん

    

安心の国内縫製と高機能生地のマリアージュ

まいどノマスク職人の朝は早い。街が朝日に目覚めるよりも早く、職人はミシンを立ち上げる。そうして上質な接触冷感のメッシュ生地を、一点ずつ手ずからマスクへと仕上げていくのだ。「デザイン入りな上に、普通の生地とは違いますからね。機械ではできない。」誇らしげに語るその顔には、はにかんだような笑顔が輝いていた。