【倉庫編】単純作業を極める!image_maidoya3
「ギグワーク」をご存知だろうか? 朝日新聞の時事ワード辞典『知恵蔵mini』によれば「ミュージシャンなどが単発で仲間と即興演奏などを行う「ギグ(gig)」と「ワーク(work)」を組み合わせた造語」とのこと。たとえば「今晩ヒマだから、2時間だけ居酒屋で皿洗いしてくるか」「次の日曜朝、近所のスーパーで品出しの手伝いしてこよう」といった具合に、単発&短時間で報酬をゲットするのだ。バイトの面接を受けたりシフトを入れたりするのではなく、スマホのアプリ上で自分の空いている時間と人手が足りない現場を「マッチング」してもらい、約束の時間に指定場所に行く。そんな新たな働き方である。日本ではまだウーバーイーツくらいしか認知されていないようだが、コロナ禍の影響もあってギグワーカーを求める業種は拡大中。「今月はちょっと金欠だな」「デートに備えてあと1、2万円あれば」というとき、履歴書を書かなくても即座に自分の時間をお金に変えられる。そんなスゴイ時代になりつつあるのだ。というわけで、今回は編集長がコロナ時代の最新ワークスタイル「ギグワーク」を体験してきた。

倉庫編
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バイトの選考に落ちまくる
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休憩室はけっこう快適
●デビューまでの高い壁
 
  さっそくスマホで、ギグワーカー御用達のサイトに登録してみることにした。名前に生年月日、住所などを打ち込んだら、顔写真と免許証をカメラで撮って送信。しばらくするとアカウントが有効化された。このあたりはウーバー配達員の登録と同じだ。利用するサービスは、タイミー、シェアフル、ショットワークスの3つ。いずれも「ギグワーク」でググったら出てきた大手である。
 
  軽作業でも申し込んでみようか、と大阪エリアの求人を見る。しかし、出てくるのはマクドナルドの配達クルーや介護スタッフ、美容師などばかり。しかたなく「スーパー店頭でのチラシ配り」に応募してみたら、「選考中」という連絡が来て、数時間後に不採用を知らせるメールが届いた。
 
  チラシ配りに落ちるって……と、ほかにもイベント設営、引っ越しなどにも応募を繰り返したものの、ことごとく不採用。一度は選考を通過した求人も「業務量の減少」を理由にキャンセルされた。「ひょっとしてプロフィールがダメなのかも」と写真をスーツ姿にしてみたり自己PR文を書いたりしてみたものの結果は同じ。20件近く応募してすべてNGである。チラシ配りは計4回も落ちた。
 
  おれってそんなにヤバい人間なのか? いや、きっとめちゃくちゃハードな肉体労働なんだよ。箸より重いものを持ったことがないような高貴な顔をしているから、向こうが遠慮したに違いない。でも、じゃあなんでチラシ配りに落ちるんだろう……。
 
  苦肉の策としてタイミーに一点集中してみる。タイミーは選考や面接がないのが売り。つまり募集枠さえ空いていれば確実に働けるのだ。ただし、フードデリバリー以外の求人はとっくに人数に達して締め切られている。そこで日付を絞り、追加求人と応募者のキャンセル待ちをすることにした。
 
  2日後、ついにタイミーに「軽作業」が出現。地図を見て仕事の内容を確認し、応募に進もう――と思ったらすでに締め切り。このとき求人枠は秒で埋まることを知った。コロナ禍のせいなのか、もともとそうなのか。
 
  次は求人が出たら場所など確認せず、連打で応募することに。こうして、ようやく編集長は枠をゲットしたのだった。大阪南港、物流大手ロジスティクスセンターでの軽作業である。
 
  ●休憩室はネットカフェ?
 
  当日の朝8時前、指定された駅に到着した。ここから無料の専用バスが出るという。駅前にはすでに同じ求人に応募したとおぼしき人々が現れてきていて、歩き回りながら加熱式タバコを慌ただしく喫っていた。立ったままコンビニ弁当を食っている猛者もいる。
 
  整列してバスに乗り込む。車内は補助席まで使ってフル乗車だ。席に着いている人々はごく普通の人々。べつに暗い表情でもないのだが、こちらはなぜかどんよりした気分になってくる。朝の光にきらめく埠頭には外国航路の船が停泊している。物流センターへ向かう寿司詰めのバスから見る海は、ふだんより美しい。
 
  バスを降りて、「ここを通ったらもう戻れません」という表示の出ている業務用入口からロジスティクスセンターに入った。先輩ワーカーはさっさとロッカーに私物を放り込んで休憩室に向かっていく。休憩室には自販機にポット、電子レンジなどがある。みんな持ってきたパンを食べたりコーヒーを飲んだりしながら業務開始を待つ。ネットカフェみたいな雰囲気だ。
 
  休憩室の壁には「元気よく」「ハキハキと」といった標語や各種ハラスメント防止のポスターに加えて、バイトへの注意書きがある。最も多いのが「SNS投稿禁止」だ。「会社は見ています」「発見した場合には」といった具合に、ネットへの書き込みを固く禁じている。というわけで、このレポートも会社名を出すことはできない。さすがに本誌『月刊まいど屋』にたどり着くことはないとは思うけれど……。
 
  点呼は「8時45分(時間厳守)」とある。2、3分前から「初めての人はここに並んでください」表示の場所にいるのに、時間を過ぎても一向に会社スタッフは来ない。結局、50分過ぎになって数人の担当者がだらだらとやってきた。業務の説明は「この動画を見てください」。
 
  こ、この会社、ユルいぞ!
 
  なるほど、こんなんだからあちこちにベタベタ注意書きが貼ってあるわけか……、と妙に納得したのだった。
 
  ●「軽作業」と思ったら
 
  作業所に持ち込めるのはボールペンだけ。スマホや財布は置いていかないと出入り口の金属探知機に引っかかる。みんなは「対策済み」なのに、編集長はいちいちベルトを外さないと出入りでない。盗難やネット投稿などのセキュリティ対策は万全で、写真撮影は不可能だ。
 
  業務内容は「倉庫内での軽作業」とあった。アマゾンの倉庫みたいに商品をピッキングしたり段ボールを運んだりするんだろう、けっこうハードなんだろうな、と予想して、こちらは安全靴を履いてきている。ところが「ここで作業をしてもらいます」と通されたのは、パソコンが置かれた作業台の前だった。まずベテラン作業員が、見本を見せてくれる。
 
  「こんなふうに棚から箱を持ってきて、中の使用済みスマホをこのケーブルにつなぎます。すると画面にこういう表示が出るんで、確認したら抜く。ケーブルを外したらこういうバーコードシールが出てくるんで、スマホを入れたケースに貼ってから箱に詰めていく、と。合計30個入るので、満タンになったらあっちの棚に置いてください」
 
  何をやるかはわかった。が、これ「物流の仕事」なのか? こんなチマチマしたことをホントに丸一日やるの? あとでもっと体を使う作業があるんだよね? そもそもこれってスマホに何をしているわけ?
 
  いろんな疑問を抱えつつも、とにかく作業を開始する。
 
  ひとつ目の箱が埋まったタイミングで、チェックのためにリーダーを呼ぶ。やたら体格のいい同年代の男性だ。
 
  「うん、いいですね。じゃあその調子でやっていってください。11時過ぎに昼休みがあるんで、また声かけます」
 
  ああやっぱり! 一日中これを繰り返すだけだった!
 
  ●自分は何をしているのか?
 
  パソコンから延びたケーブルは5本あり、まず5台のスマホに端子を差し込んでいく。するとパソコンのモニタに「実行中」の表示が出る。そのまましばらく待って「赤」や「青」といった文字が表示されると、「その色(カラーテープが貼ってある)のケーブルを抜いてOK」の意味だ。指定のケーブルをひとつ抜くと、手元のプリンタからシール1枚が出てくる。スマホのケースに貼り付けて。また次に表示される色を抜く。3台、2台、1台と減らして5台を処理したら、また箱から5台取り出して端子を差し込む。極めて単純な作業だ。
 
  これだけを聞くと、「30個のセットを自分が一番多く作ってやる!」「できるだけ速くケーブルを挿せる技術を磨こう!」といった具合に、やる気が出せそうだと思うだろう。ところが、そうは問屋が卸さない。
 
  最大の問題はパソコンである。こいつがしょっちゅうエラーを起こすので、その都度アプリケーションを閉じ、デスクトップのアイコンをクリックして「なんとかクリーニング」をしないといけない。これを2、3回やってもまだエラーが出続けることがある。こうなるとプログラムの再起動が必要だ。
 
  このエラーは10分に1度くらい起こるから、作業リズムはズタズタに引き裂かれる。1時間のうち15分くらいは腕を組んでモニタを眺めているだけの時間だ。5台ずつの「バッチ処理」が現場のルールなので、待っている間に次の作業を進めることもできない。
 
  あと、色の間違いも頻発する。「赤」とモニタに指示が出たとき、つい赤いスマホのケーブルを抜いてしまうのだ。ケーブル名を「ABC」や「イロハ」にしたほうが……、と思うのだが、一兵卒にはそんなことを具申する権利もない。ミスったときはもちろん、問答無用でエラーモード突入である。
 
  エラーからの回復中、あまりにもヒマなので周囲を見回してみる。棚を挟んだ隣のチームは、ひたすらスマホの充電をしているようだ。遠くの島の上には「査定」の表示が出ている。ということは、この作業は「使用済みスマホの再生作業」の一環なのだろう。そんなことを考えながら、モニタに目をやると、自分が動かしているアプリケーションが「なんとかイレーサー」であることに気づいた。
 
  そうか、おれたちは今スマホ所有者のデータを消す作業をしているのか!
 
  同時に、なんで「この作業場では使用済みスマホの再生をしています」のひとことが誰の口からも出ないんだよ……、と思った。
 
  知る必要のないことは知らせない――。大企業ガバナンスの神髄に触れた気がする。
 
  ●思わず出た「言葉」
 
  ランチは社員食堂で食べることにした。ほとんどのワーカーは休憩室でカップ麺なんかを食べているけれど、ちゃんとしたものを食べて発散したい。ランチは500円と良心的な値段だ。食堂の名物という「絶品・牛すじカレー」の大盛りをかき込んで(それほど絶品でもなかった)、しばらく放心する。ああ、30分後にはまたあの作業台に戻らないといけないのか……。窓から見える寒々とした埋立地の景色が眩しい。
 
  またベルトを外して作業場へ入っていく。時刻は12:30。終業は17時過ぎだから、あと5時間ほどだ。もうすぐ折り返し地点だし、なんとかなる。
 
  作業再開。気のせいかもしれないが、午後はエラーが少なく調子がいい。こちらの手際も良くなったのもあって、どんどん箱にスマホが詰まっていく。いつ終わるかなど考えず、ひたすら目の前の作業に集中する――。と、午前中の1.5倍ほどのスピードで1箱を仕上げることができた。そんな満足感に浸りながらふと時計に目をやると、12時45分を指していた。
 
  えっ、まだ15分しか経ってないって嘘だろ!? 冗談だと言ってくれ!
 
  気づいたことがある。この仕事がツラい理由は、完全に同じ作業の繰り返しだからだ。ウーバーイーツなら毎回配達先が変わるし、運ぶ料理も違う。対してスマホはすべて同じ機種で、「臨機応変」ということがない。さらに、この作業には何の創意工夫の余地もない。スマホに端子を差し込むスピードが多少速くなったところで、パソコンの「処理」で待たされるから無意味なのだ。むしろ効率よく作業を進めようとすればするほど、理不尽な「エラー」に苦しめられることになる。
 
  つまり、この作業のコツは頭を使わないことだ。ノルマはないのだからスピードや効率などいっさい気にしなくていい。手さえ止まっていなければOKだ。後ろの作業台にいるリーダーにも前向きな雰囲気は微塵もない。そう、彼のように無心で淡々とやればいいのだ。
 
  時計は見ない。何も考えない。ただただ、ただただ無心で。
 
  そう自分に言い聞かせて作業に没入していると、うっかり独り言を漏らしてしまった。
 
  「あーー、あぁー、つまら……」
 
  なんとか途中で口をつぐむことができたけれど、本当に無心になってしまうのはヤバすぎる。
 
  唯一の楽しみは、箱を満タンにできたときだ。この瞬間だけは、箱を持って行くために4、5メートル離れた棚まで歩いて行くことが許される。作業中は棒立ちだから、わずかでも歩くと一気に足に血が巡るのを感じる。
 
  それから数時間。ひたすら「忍」の一字で、なんとか就業時間を迎えることができた。すぐに身支度して送迎バスに乗り込む。すでに日が沈んでいたのは残念だったが、もうあの作業場に戻らなくていいかと思うと、晴れやかな気分だ。
 
  バスの後部席では、若者たちが競艇の話に花を咲かせていた。
 
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  【ギグワーク その①】倉庫でのスマホのデータ消去作業
  肉体疲労度=☆☆☆(立ちっぱなしがツラい)
  精神疲労度=☆☆☆☆☆☆☆(これ以上ないほど退屈)
  やりがい=☆☆(達成感がない)
  報酬=8時間で7900円(交通費込み)
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社員食堂の名物「牛すじカレー」
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目から生気が消えていく……

    

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