【出前編】デリバリーの魔境へimage_maidoya3
コロナ以前のギグワークは飲食関係が多かったという。週末の居酒屋でのホール担当とか、クリスマス前のケーキ屋での接客スタッフとかいった「繁閑の波」に対応したヘルプ要員である。ところが、ごぞんじの通りコロナの感染拡大を受け、宴会やパーティーは自粛。緊急事態宣言にともなって飲食店の営業も縮小を強いられている。そして、その影響で爆発的に増えた求人が「フード・デリバリー」だ。軽作業や事務などの求人が数秒で締め切られるなか、マクドナルドなどが募集するデリバリースタッフは、いつ見ても募集枠が余っている。なぜだろう。キツそうだから? 原付免許がいるから? と、条件をよく見てみると「デリバリー経験のある方限定」とあった。なるほど、これは意外と高いハードルだ。そして同時に気づいた。編集長ならウーバーイーツの経験があるからイケるし、配達員としての経験も生かせるのでは? と。そうとなれば狙いは決まった。ウーバーのライバル、CMでおなじみの出前代行サービスである。

出前編
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拠点でランチタイムに備える
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「早押し競争」に勝てない……
●「2、3件だと思いますけど……」
 
  土曜朝の10時半、指定されたマンションに向かうと、すでに赤いキャップ姿のスタッフが集まっていた。駐輪場にある配達用バイクにも会社のロゴが入っている。キョロキョロしていると「初めてだったら、上に行った方がいいよ」と言われ、3階の部屋のインターホンを押す。オフィスビルではなく普通のマンションだが、内部はパソコンと電話が置かれた事務所になっていた。この「拠点」の存在がウーバーとの最大の違いである。
 
  拠点のリーダーが「どうぞ」と和室に通してくれた。運転免許のコピーを渡し、雇用契約書に印鑑を押す。
 
  「デリバリー経験あるんですよね?」
 
  「ええ、ウーバーやってます」
 
  「じゃあなんでウチに?」
 
  「まあ、いろいろやってみたいと思いまして……」
 
  何かを察したようにニッコリ笑うと、リーダーはパソコンの前でドライバー向けアプリの説明を始めた。
 
  「オーダーが来たら、こんなふうに表示が出ますから、タップして取ります。それから料理を受け取るわけですが、お店に着く10分前にここを押してください。そうするとお店に連絡が行き、できたてを用意してくれる仕組みになっています。ちなみにマクドナルドさんだけは3分前です。調理が早いので」
 
  ここにはかなりグッときた。ウーバーは料理を用意してから配達員を呼ぶシステムになっているのに対して、こちらは出来上がったタイミングで配達員が来るのだ。これなら料理が冷めることもなく、最高に近い状態でお客さんに提供できる。謳い文句の「ラーメンもアツアツ」は伊達じゃなかった!
 
  「続いて配達です。ウーバーやってるならだいたいわかりますよね? まあ、料理の受取に15分、配達に15分で合計30分というイメージですね。あと、料理をこぼしたりとか、トラブルが起きたらこちらに電話してください」
 
  「はい!」
 
  「オーダーを取るのは早い者勝ちなんで、まあ頑張ってください」
 
  「早い者勝ち? ってことは配達員はオーダーを選べるんですか?」
 
  「うーん……、まあ、やってみればわかりますよ。今日は天気もいいし、取れて2、3件ってとこでしょうけど」
 
  「えっ、たった2、3件?」
 
  いったい何を言っているんだろう? と思ったけれど、やってもないうちから質問を重ねてもしょうがない。稼働時間は11時~15時までの4時間だ。この人はたぶん「1時間あたり」の話をしているのだろう……。よし、じゃあ逆に配達しまくって驚かせてやろうか。
 
  ウーバーでの経験を活かすのだ! 編集長は赤いキャップをかぶると、愛車にうちまたがって走り出した。
 
  ●戦慄の配車システム!
 
  それにしても、この会社もウーバーに劣らずテキトーだ。
 
  ユニフォームを着させられるかと思っていたが、貸与されたのは帽子のみ。噂に聞いていた「朝礼」もなかった。貸し出しされる配達用バッグも「自前の使い慣れたものの方がいい」と言ったら、あっさりウバッグの使用が許可された。
 
  というわけで、いつものウーバー配達員スタイルとの違いは、赤いキャップだけ。そして、自転車でゆっくり走るルートも、いつもウーバーで「鳴り」を求めて流している周回コースだ。
 
  スタートから5分もせず、アプリがけたたましく鳴った。路肩に停車し「マクドナルド××店」という表示をタップする。しかし、何も反応がない。おかしいな……、と思いつつまた発進すると、3分もせず次の「鳴り」が来た。急停車してオーダーをタップ。が、またしても無反応だ。
 
  ひょっとしてタップするのが遅すぎるのか? いや、そんなことはない、鳴ってから2、3秒で押している。みんな自転車やバイクに乗っているのだから、これ以上、早く押すのは不可能のはず……。
 
  ちょうどよく信号待ちのタイミングで「鳴り」が来たので、最速でタップする。こんどは1秒を切った。すると、初めて「このオーダーを引き受けますか?」というメッセージが表示された。やった、ついに初配達だ! 意気揚々と「はい」を押す。すると画面に出てきたのは、次の表示だった。
 
  「エラー。他のドライバーにより受諾されたため受諾できませんでした」
 
  な、なんじゃこりゃあ!
 
  その後も、1秒以内~0.5秒以内の最速タップを繰り返したものの、オーダーはひとつも取れない。押しても無反応か、例のエラー表示が出るだけ。なにがなんだか、まったくわけがわからない。
 
  拠点に戻って聞いてみようかな……、とも思ったが、その前にグーグル先生に聞いてみることにした。検索ワードは「会社名」プラス「早押し」だ。
 
  ふざけてる、時代遅れ、ゴミ仕様、糞アプリ……。案の定、そこには配達員がドライバー専用アプリに向けた怨嗟の言葉が並んでいた。
 
  ●「早押し」の世界
 
  このとき、拠点でリーダーが口にした「取れて2、3件」の意味を悟った編集長は、コンビニの駐車場で叫んだ。
 
  「《早い者勝ち》じゃない! 《早押し競争》なんだ!」
 
  信じがたいことに、この会社のドライバー用アプリで配達依頼を取るのは、純粋な「早押し競争」だったのだ。つまり、さっきまでアプリが鳴ったタイミングで何度もタップしたにもかかわらず「無反応」か「エラー」だったのは、競争で負けていたのである。
 
  では一体、他の配達員はどのように「早押し」をしているのか。正確なことはわからない。ただし、いちいちバイクや自転車を停めて、というのだけはあり得ない。1秒以内でも負けるのだから。おそらく、公園かどこかでずっと画面を凝視したまま親指をスタンバイさせているか、それともハンドルに固定したスマホを、片手でひたすらタップし続けているか……。ネット上には「信号速度に差が出るから、古いスマホでは絶対に勝てない」との書き込みもあった。この情報の真偽はともかく、0コンマ数秒の闘いをしなければならないのは確かのようだ。
 
  心の底から「アホか!」と思った。
 
  とはいえ、このままでは配達ゼロになってしまう。給料は時給制だから数をこなす必要はないけれど、拠点に戻ってイヤミを言わるのは避けたい。なにより、「フードデリバリーの仕事でデリバリーしない」というのでは、何をしているかわからないではないか。
 
  歩くような速度で周回コースを流しながら、鳴りに対して1秒以内のタップを繰り返す。と、14時ごろになってようやく1件だけオーダーが取れた。王将で天津飯とギョーザを受け取り、一戸建ての玄関に「置き配」して立ち去る。
 
  本日の成果はこれだけ。拠点に戻って帽子を返却する。配達数については何も言われなかったが、釈然としないものがあるのでリーダーに言ってみた。
 
  「あの、オーダーを取るコツとかあるんですか?」
 
  「えっ? うーん……、まあ……なるべく早くというか……」
 
  帰り道、同じく本日デビューの配達員に会ったので、声をかけてみた。
 
  「……取れました?」
 
  「いや、一件も。ヒマでヒマでしょうがなかったっす……」
 
  自分は1配達で4000円、この人は何もせず4000円を稼いだ。おい、この会社どうなってんだよ!? 同時に思う。配達できないのは悔しいけれど、よく考えればおいしい仕事だよな、何もしないで給料が貰えるわけで、よく考えれば、な……。
 
  家に帰って求人アプリをチェックしてみる。と、明日のランチタイム枠もまだ一人分だけ空きがあるではないか。
 
  気がつけば、右手は「応募する」を押していた。
 
  ●ついに一線を越える
 
  2日目。きのう悪戦苦闘した甲斐あってこのバイトの働き方をつかむことができた。今日は、おろおろせずドンと構えることにしよう。
 
  拠点でキャップとお釣り用の小銭を受け取ったら、さっそく稼働スタート。と思ったけれど、携帯電話を忘れているのに気づいたので、まずは自宅に戻る。ついでにお茶をのんびり一杯。これから気温が上がりそうなので、薄手の上着に着替え、再び出かけていく。
 
  気温が高いせいか「鳴り」は昨日より悪い。鳴ったときは安全な場所に自転車を停めてタップする。もちろん取れない。ウーバー用の周回コースをゆっくりと走る。途中、100円ショップがあったので、レトルト食品などの掘り出し物を求めて入ってみる。酒屋でも同様にギフト落ちの割引商品などがないかチェックする。
 
  暑いのでコンビニに立ち寄り、ガリガリ君を食べる。駐車場には同じ拠点と思われるバイクが停まっており、配達員がスマホにかじりついていた。食べている途中にも何度かスマホが鳴ったものの、早押しに勝てない。
 
  再び走ること数十分。ホームセンターの前を通りがかったとき、突如アイデアが浮かんだ。
 
  「そうだ、自転車のバスケットを買い換えよう!」
 
  自転車のリアキャリアに固定しているカゴを取り換えるのだ。寸法をじっくり確認し、現状よりひとまわり大きめのバスケットを購入。携帯工具を使い、駐車場で30分ほどかけて交換した。このカゴに大きめの保温バッグをはめ込むことで、「ウバッグ」を背負わなくてもほとんどの配達をこなせるようになった。もし数人前の寿司セットやLサイズのピザのピックを依頼された場合は断ればいいのだ(ウーバーではリクエストを受けた後でも配達員の都合でキャンセルできる)。
 
  よし、輸送力が飛躍的にアップしたぞ。さっそくリクエスト受けるか――。とスマホに触ったとき、自分がいまウーバー配達員でないことに気づいた。
 
  バイトの終了時刻まであと1時間半ほどある。オーダーはまだ取れない。古墳の向かいにある風光明媚な公園に行って、10分ほど池に飛来している冬鳥のカモを眺める。水道で手を洗って、ベンチに腰掛けて改良した自転車を眺める。
 
  この公園には、トイレに加えてきれいな水道まである。ベンチにはホームレス排除用の手すりがないから、横にもなれる。「ここは使えるな……」。思わずつぶやいた。自分でも何を考えているのかよくわからないけれど、このバイトをしていると公園の設備にどんどん詳しくなってしまう。
 
  そうこうするうちに終了時間となった。残念ながら本日の配達件数はゼロだ。
 
  拠点に戻って、リーダーに終了の挨拶をする。
 
  「ただいま戻りました! ハイこれ、現金と帽子お返しします。では、お先に失礼します!」
 
  話すことは何もない。ドアを開けてわずか20秒ほどで立ち去った。
 
     ☆
 
  翌日、何気なくマッチングアプリの「レビュー」欄を見ると、自分の評価が上がっているのに気づいた。ここは、そのワーカーにまた働いてほしいかなど、企業側が運営会社に回答した結果が反映されている(あまりに低評価だと働き先から「お断り」されることもあるらしい)。
 
  拠点のリーダーが◎を付けたのだろうか。評価欄では「体力」「笑顔」「はきはき」「コミュニケーション力」のポイントがアップしていた。
 
  なんなんだ、なんなんだよ……、この会社はーッ!?
 
  急成長するフードデリバリー業界の闇――。その中にどっぷり浸かった2日間だった。
 
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  【ギグワーク その②】時給制の自転車フードデリバリー
  肉体疲労度=☆(寝ててもいい)
  精神疲労度=☆(ちょっぴり背徳感)
  やりがい=☆(おいしい仕事ではあるが……)
  報酬=4時間×2日間で8840円
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ウーバーとの違いは赤い帽子
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カゴを取り換えて積載量アップ!

    

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