一等地の繁華街に面したショーウインドーを、若い女が熱心に見つめていた。ヒールを履いて背丈を目いっぱい伸ばした女の後姿には、自分が属していない世界に属したいという願望が明らかな形で現れていた。女には連れがいた。女から少し離れて、通りに体を向けていたその男は精工舎の時計台に目をやると、振り向いて女に云った。それはビニールじゃないか。だから何なの、と女は云った。海外のセレブ達が使っているのよ。着飾った子たちが、このバッグを手に提げて、SNSにどんどんアップしてるのよ。ねえ、ビニールだから意外性があるんじゃない。私にはあなたのそういうセンスが理解できないのよ。でも、それはただのビーチバッグだ、と男は言いかけたが、女の剣幕に思いとどまり、再び半身になって歩行者天国の人波に目をやった。何を言ったところで、あと10分もすれば女はそれを手に入れるのだ。そしてそのオモチャのようなバッグがカネをふんだんにかけた醜悪な化粧箱に収められると、給料の一か月分を超える額の明細書が男に突き付けられるのだ。女はそれで満足するだろう。通常ならば数時間、そして上手くいけばその日一杯は高揚感に包まれ、上機嫌で男に接することになる。カネは実際的な効用に対して支払われるべきだ、というのが男のポリシーだった。対して女は、何かを手に入れること自体に価値を認めていた。さらに付け加えるなら、手に入れたモノを写真に撮ってネットに投稿すること、そして誰もが高価だと知る商品を身につけている姿を他人に目撃してもらうことに、より一層の悦びを感じるのだった。それが済んでしまえば、購入品は押入れの奥深くに放り込まれる。男にはそれがわかっていた。俺たちはセレブじゃない、もっと地に足を付けた生活をした方がいい、と男は云った。じゃあ、あなたの作業着は何なのよ、と女は云った。シンプル過ぎて面白味がないと思ったら大間違い。あえて目立たぬように縫い付けられたビームスタグを確認すれば、途端に眩いオーラが輝き出す。そしてありきたりの機能性や着用感が特別なものに思えてくる。所有すること、着用すること自体に絶対の価値があるハイブランドワークギア。脇下にイヤなニオイを防ぐ消臭テープ付き。どうぞ皆さまもそれなりの対価をお支払いの上、ロクでもない優越感をお楽しみくださいませ。
■ メーカー:桑和
■ 型番:U7722-00


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