男は現場を脱け出した。北風のあまりの冷たさに戦意を喪失し、仕事を放棄して走り逃げたのだ。見渡す限りの原野を南へと急ぎながら、男は積もり積もった不満を呟き続けた。過酷な現場環境のこと、支給されたウェアが役立たずだということ、そうした一切合財を一通り吐き出してしまうと、少しは気持ちが落ち着いてきた。そして我に返ると、今度は猛烈に寒さが身に染みてきた。この世に神様はいねえのか、と男は云った。いたらこの俺を助けたいと思わねえのか?このバカ野郎。あんだって?とどこからか声がした。男が振り向くと、神様が立っていた。あたしに何か言ったのは、そこの君か?言ってません、と男は云った。でもあなたが神様なら、ひとつだけお願いがあるのですが。神様は、望みを叶える、と男に云った。ただ、あたしは耳が遠いでの、リクエストははっきりと伝えてくれ。男は北風をシャットアウトする防寒着が欲しいと神様に云った。神様は頷いて、男にウェアを手渡した。それは確かに風を遮ったが、保温性が十分でなかった。暖かさが足りないです、と男は云った。神様はしかめっ面をしながら、裏地にフリースを敷き詰めた。男はそれを試着し、続けて、長い道のりを走り通すために必要な軽量性やストレッチ性にも注文を付けた。それからついでのように、ユーロテイストのデザイン性にまで話を膨らませた。もしも道中で美女とご一緒になることがあったら、それが必要になるんです。耳の悪い神様は男の要求を何度も聞き返しながら試行錯誤を続け、ようやく3層裏フリースの防風ソフトシェルが完成した。神様が帰り支度を始めると、空から雨が降ってきた。男は神様を引き留めた。ちょっと、これじゃあ、雨が浸み込んで、ずぶ濡れになっちまいますよ。まったく気が利かない爺さんだぜ。あんだって?と神様は云った。爺さんというのはあたしのことか?なんだよ、ちゃんと聞こえてるじゃねえか。神様は男からウェアを取り上げると、耐水圧5000mmの防水モデルに仕立て直した。しかも、ウェア内の湿気を逃がしてドライ感をキープする透湿性能までプラスされている。男はホッとしたように手を差し出したが、神様はそれを男に渡そうとはしなかった。じゃあ、私は一体どうすればいいんです、と男は云った。まいど屋で買え、と神様は云った。