まいど通信


        

まいど! 先月に続いてトップページに返り咲いた元「月刊まいど屋」編集長の奥野です。今年ラストの特集は防寒ウェア。つい先日まで半袖、いやそれどころか、10月現在でも外には空調服を着ている人がいるんですけど、冬はそのうちやってきます。おなかを壊したり風邪をひいたりする前に、ぜひ、まいど屋で防寒ウェアをチェックです!

●東海道といえば……

今回は、前回の「東海道名所めぐり」の続きです。

滋賀県の草津・愛知県の二川と、東海道に残る現存本陣を見学して、1日目はタイムリミット。豊橋で一泊し、3カ所目の東海道の名所を目指すことにしました。ずっと行ってみたかったその施設とは「東海道広重美術館」。東海道五十三次でいうと16番目の「由比宿」にあります。東京から見ると、箱根を越えて沼津を過ぎたあたり。富士山の麓ですね。このミュージアムでは江戸時代の絵師・歌川広重(1797−1858年の)の浮世絵を展示しています。

2020年12月の歩き旅では、見学する時間がありませんでした。由比の旅館を出発してすぐ、施設の前を通ったことはかろうじて覚えているものの、入館したいとも思わなかった。まだ江戸の東海道文化に関心が薄かったことに加えて、「箱根越え」という決戦をひかえていたからです。記録によれば、その日は沼津に泊まり、翌日には三島・箱根・小田原と40kmを踏破しています。われながら頭おかしい。

あれから2年あまり、東海道のガイドブックや江戸時代の旅文化の本を読みあさるうちに「行かなくちゃ!」という思いが強くなりました。絵だけなら永谷園のお茶漬けでもいいんですけど、やはり踏破した実感が残っているうちに、東海道の巨人・歌川広重の息遣いを感じたかった、といったところでしょうか。おそらく城や本陣といった史跡を除けば、日本でもっとも「東海道の旅」を象徴する施設でもあります。

JRで由比駅下車。東海道を3kmほど歩いて、美術館に着きました。エントランスでは浮世絵制作の体験をやっています。つまり木版印刷ですね。黒で輪郭をプリントしたあとに、緑、青、赤と色を載せていく。あまりパッとしない浮世絵だと思ったものの、自分で作ってみるとおもしろい。たとえば隅の方に描かれている人の着物が青色だと思っていたら、最後のプリントで赤の縞模様が入ったりする。おおー、と声を上げそうになります。浮世絵って要するに量産品の印刷物なので、普通の絵よりも劣ると考えていたんですが、大間違いでした。浮世絵は芸術品です。

●浮世絵からの言葉

江戸時代の文化が今につながっていることも学びました。たとえば、現代の出版業界では、版元・初版・重版といった言葉を使っているのですが、これも浮世絵をはじめ、江戸時代の印刷文化から生まれた言葉なのです。たとえば「版元」は「その浮世絵を作る木版を持っている印刷所」のことで、今は「出版社」の意味。「その本、版元はどこ?」というふうに使います。もちろん現代の出版社にはデータしかないけれど、言葉はそのままです。「レコード屋」みたいなもんですね。

「初版」もおもしろい言葉です。江戸時代には、職人が彫った木版でプリントした新作浮世絵のことを「初版」と呼びました。今でも、出版社が新刊を出すときは、たとえば「初版6000部」というふうに言います。とりあえず6000部を作って店頭に並べて、それ以上に売れそうだったら追加で作る。つまり「重版」するわけです。このあたりは、今も昔もまったく変わりませんね。版元は新作の浮世絵を本屋に並べてもらい、売れ行き好調なら追加プリントしていたわけです。

ところで「初版は古本屋で高く売る」とか「あの本の初版を持っていた」とかいった話をきいたことはないでしょうか? じつは、この「初版は価値がある」という概念も、浮世絵から生まれたものです。簡単に言うと、初版はクオリティーが高かったんですね。当時、浮世絵をプリントしていたのは専門の職人です。一枚一枚、手作業ですから、よく見ると出来に差がある。しかし、初版はそれを感じさせないほど高品質だった、と。考えてみれば当然です。初版が売れれば重版となり、職人の懐も暖かくなるわけですから。つまり初版は職人が腕によりをかけて制作していたのです。

では、重版つまり増刷した浮世絵は、クオリティーが低かったのでしょうか。一概には言えないけれど、そういうこともあったそうです。まず版木は刷れば刷るほど傷むので、輪郭がぼんやりしてくる。あと、大量生産するとなると、職人が精魂込めて、というわけにもいかないので、ズレやカスレが発生します。あと、これは私の想像ですけど、仮に新作がヒットして「刷れば刷るほど売れる」となったら、やはり手抜き仕事になってくるんじゃないかな、と。多少、印刷の出来がイマイチでも「かまうこたぁねぇ、売っちまえ!」となったのではないでしょうか。ただ、重版以降の方が配色などを考え直した結果、初版よりよくなっているケースもあるというから、浮世絵も奥が深いですね。

で、肝心の歌川広重はどうだったか。ガイドブックには「東海道五十三次のすべてを展示している」とあったにもかかわらず、なぜか一部だけ……。その代わり、葛飾北斎が描いた富士山と比較する企画展示が開かれており、こちらはかなり見応えがありました。まあ富士山も東海道の象徴ですから、よしとしましょう。

広重美術館は、浮世絵ファンならずともぜひ足を運んでほしいスポットです。

●そして、茶の国へ

これで旅のノルマは完了。気になっていた場所はすべて行きました。しかし、時間はまだ昼。大阪に戻る前に、もうひとつくらいどこかを行けないか。遠くなるので箱根より向こうはナシとすると、岡崎城や浜松城かな? 掛川城は行ったことあるし……。しかし、地図をチェックすると、城はどこも駅から遠いことがわかりました。

もう帰ろうかと思ったとき、静岡県の中ほどに気になる施設を発見。静岡茶をPRする観光施設「茶の国ミュージアム」です。これは行きたい! じつは東海道の歩き旅で、強く印象に残っているのが静岡茶なのです。彼の地では、見渡す限りの茶畑の山道を歩き、商店街では水筒にお茶を注いでもらい、日本茶カフェで休憩したものです。どこで飲んだお茶も絶品でした。

というわけで、JRの金谷駅で下車。施設はアクセス困難な山の上だけれど、ネット情報によれば直通バスが……と思ったら、ない。こういうのは「地方あるある」で、もう慣れました。即座に覚悟を決め、山歩きスタート。東海道ではないけれど、難所「金谷坂」や「小夜の中山」と同エリアなので、非常にハードでした。30分以上ひたすら登って、汗ドロドロでミュージアムに到着。受付の人は「歩いて来たんですか……」と引いていました。そういう立地なんです。

展示室の前に行くとウェルカムドリンク的なお茶をいただきました。旨みたっぷり。見事な抽出です。続いては冷たいボトルティーをワイングラスに注いで堪能。シャープかつふくよかな香りがたまりません。展望デッキで、牧之原台地の茶畑を眺めながら味わう静岡茶。最高です。SAI&KOHです。「満喫」という言葉を辞書で引いたら、この状況が出てくるようにしてほしい!

肝心の展示もすばらしいものでした。エントランスには中国雲南省にあるというチャノキの原木(レプリカ)があって、そこから世界のお茶を紹介されています。つまり日本各地の名産茶だけでなく、紅茶やプアール茶といった海外の発酵茶までカバーしている。飲むことはできないけれど、本物の茶葉を手にとって香りを楽しめます。

舌を巻いたのは「世界の喫茶文化」の展示です。中国からアジア、中東、ヨーロッパまで「ご当地ティールーム」が実物大で再現されており、中に入ってカップやポットを目の前で眺められる! 茶器や内装は本物ですから、海外旅行みたいです。アンティークの椅子に座って「何時間でもこうしていたい」と思っていたら、観光バスでやってきた外国人御一行が来たので退散。欧米人からの観光客も驚いた様子で声を上げていました。おそらく「再現しすぎ!」って感じなんでしょう。

そして静岡茶の特徴や製法を学んだあとは、お土産売り場のお茶で一服です。……ふう、もう参りました。「茶の国」のネーミングは伊達じゃない。ほんとうに静岡はお茶の楽園なんだな、と。

ついに東海道のベスト観光施設を見つけてしまった--。そんな感慨に浸りつつ、大満足で帰路についたのでした。

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というわけで、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回の特集もお見逃しなく!