若い男が作業着屋にやって来て、寅壱の新しいデニムをくれ、と店主に云った。最新のモデルで、見るからに悪そうなヤツだよ。ほら、このカタログに出ているこれ。男がカタログ写真を指し示すと、店主は男をじろりと睨み、お前には売らない、とぶっきらぼうに云った。そして男が抗議の声を上げると、店主はそれを遮って一喝したのだ。いいか、寅壱はプロの職人服だ。本物中の本物だけが着ることを許されるのだ。そのへなちょこの体じゃ、絶対に使いこなせない。わかったら、とっとと帰れ。若い男はしゅんとなって店を出た。そして一カ月後、またその作業着屋に現れた。寅壱の悪そうなデニムをくれ、と男は云った。ライザップに通って鍛えてきた。だから例のデニムをくれ。お前には売らない、と店主はまた云った。お前の顔は寅壱を着るには気合が足りなさすぎる。わかったら帰れ。若い男は一カ月後、再び作業着屋にやって来た。そして店に入ってくるなり、こう云った。韓国へ行って、高倉健みたいな顔にしてもらったぞ。眉間にシワを入れ、オプションで頬にナイフの傷跡までつけて気合を入れたんだ。だから寅壱の悪そうなデニムを。店主は生まれ変わった男の顔をしげしげと眺めた。そしておもむろに、売らない、と男に告げた。何でだよ!男は逆上して叫んだ。筋肉隆々に体を鍛えた。人相は極道のように変えてきた。これならあのストレッチデニムでひと暴れできるはずだ。早く悪そうなデニムを寄こしてくれよ。男は息を切らすように肩を上下させながら、右手を差し出した。極道に改造したばかりの顔には、期待に胸を膨らませる若者の表情が浮かんでいる。さあ、早く!両者は互いの腹を探り合うように、無言のまま睨み合っていた。そして沈黙が永遠に続くかと思われたとき、店主がようやく口を開いた。デニムは売らない。カタログにある通り、それは限定商品だ。ウチのような店には限定品は少量しか入ってこない。入荷したとたんに売り切れで、追加オーダーをしようにも大元の寅壱に在庫がない。お前に売るデニムはここにはないのだ。わかったら、とっとと帰れ。じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ、と極道の顔をした若者が云った。まいど屋で買え、と店主は云った。ゴージャスとは違う。洗練ともまた異なる。ハードなツラ構えに洒落た浮きロゴを忍ばせ、ワルをスマートに表現するのが寅壱流。身体の動きにしなやかにフィットするやや細身のストレッチモデル。収納力のある各種ポケットもマル。
■ メーカー:寅壱
■ 型番:8870
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